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針葉樹(カラマツ)家具

 日本では「家具」という概念が明確でなかった江戸時代以前から、針葉樹材を住宅や生活の道具の材料としてなじんできました。スギ、ヒノキ、マツの類は入手しやすく軽量であり、狂いが少ない等から、箪笥の類や建具等に用いられてきました。広葉樹材の桐箪笥や欅箪笥が特徴的であった地域以外では、スギ材を代表とする杉箪笥(雑木)が普及していました。日本はどちらかというと針葉樹材を中心とした文化を形成してきました。しかし、西洋では一般的に広葉樹材を用いることが多く、多くの家具は広葉樹材で作られ、一部の庶民的なものではパイン(マツ)材を使ったものもありましたが、針葉樹材を生かしたものとはいえませんでした。明治・大正期以降、日本で家具が認知されてくると、それに応じた家具が作られ始め、広葉樹材が専ら使われるようになってきました。そして、戦後、全国的に家具が普及し始めた時には、家具の表面に広葉樹材の突板(つきいた)やプリント紙を貼り付けたフラッシュ構造の家具になってしまいました。昭和30~50年頃の家具のほとんどはフラッシュ家具で、現在でもかなり多いようです。
 長野県では1955年頃から、長野県工業試験場(現工業技術総合センター)により、カラマツ材の煮沸(煮る)処理による脱脂技術の開発が研究され、それにともなって1965~1975年頃には脱脂カラマツ材による家具や木製品の開発が最も盛んとなりました。これは全国的にも注目を集めるようになりました。その後も継続的に家具が作られてきましたが、どちらかというと、少し伸び悩みの傾向があったように思われます。1980~1985年頃以降、長野県林業指導所(現林業総合センター)で蒸煮(蒸す)処理による脱脂技術が開発されてきますと、建築材に利用が拡大し、1993年の信州博覧会のやまびこドーム、1998年の長野オリンピックのMウェーブ等の構造集成材での活用が一般化してきました。それ以降、利用分野が拡大していきました。
 1980年以降、蒸煮(スチーミング)処理による脱脂技術が定着してきますと、北海道等でもカラマツ家具の製品化がおこなわれるようになりました。また、建材や住宅部材としても利用されるようになり、カラマツ材の利用は一層推進しました。しかし、家具の分野では、メーカー→問屋→小売りといった当時の流通(この頃の家具は製造メーカー名が書かれていませんでした)に乗り切れず、特注家具(メーカーに独自の家具を注文する)や造作家具(住宅や店舗の造り付け家具)として展開していくことが多かったようです。そういった中で、林業サイドから間伐材の利用をはかるということで、学童用家具の木製化に向けてスギ、ヒノキ、カラマツ等の有効利用をはかる動きが強くなり、1997年に松本市で小学校用にカラマツ学童用椅子・机が導入され、そして、全県に拡大していきました。2002年に長野県林務部の呼びかけにより森世紀工房(カラマツ家具を作ろうとする企業の集まり)が設立され、カラマツ材等の針葉樹家具への取り組みを強め、さらに針葉樹家具の可能性を拡大していったように考えられます。2006年に、針葉樹家具の置かれている状況や今後の方向を探るため、針葉樹家具開発研究会を設立されました。家具の安易な針葉樹化は、針葉樹の良さを生かせないであろうし、イメージを損なうこともあるのではないかという観点で、家具としての針葉樹材の特徴を抽出し、それを踏まえたものづくりをおこなうことを目的としたものでした。
 針葉樹家具は、十分に認知されているとは言い難い状況にあるようです。しかし、国産材を用いようとすると、国産広葉樹材の安定的な供給はますます困難になっていくことは明らかであり、針葉樹材を視野に入れるのは必然的な方向と考えられます。長野県では40年以上も以前から、カラマツ家具に取り組んできましたが、家具需要の時代の変化に対応が十分ではなかったという側面が感じられます。少し早すぎたのかも知れません。しかし、現在にいたって、その重要性は高まりを見せており、針葉樹家具を考えていく時期に入ってきたのではないかと思われます。

  • 2012.02.22
  • ueda

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