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木材価格と行動経済学4/4

消費者の社会に対する考え方の影響

 行動経済学の文章の中に衝撃的な件(くだり)があった。(文献p.313から)ゲームを使って人の心理を探る手法を用いているが、何人かがカードゲームのような場で、売り手と買い手を演じる実験を設定している。

 買い手がある財を100の価値があると考え、売り手がゼロとみなしている場合、1回で商談を行う時、価格がどうなるのかという提案ゲームがあった。詳細は省略するが、理論的には価格が1であっても取引は成立する。ゲームではそれより高い価格が提示される実験結果となる。

 この例は価格の不明な木材と類似しているのではないか。

次に、売り手側を2人、買い手を1人とし、売り手の内1人でも受諾すれば取引成立と仮定すると、買い手の提案価格も売り手の受諾する売買成立価格も1人の時より低下するというのである。

ある実験では、1対1の場合受諾価格が4050であったものが、2対1になると1025に“劇的に減少”し、5対1になると510にまで低くなったという。

限られた地域で、1人の買い手に対し、売り手が何人も存在する状況を考えると、これは木材市場のことではなかったか?行動経済学ではこのような実験の指摘はあっても、評価価格を上げる即効の解決策提示は目的としていないのかもしれない。森林地域では知らぬ間にこの難問を経験していたのではないだろうか?

 

 他方、人は「他者を顧みる心」を持っており、「社会的選好」を生み出していると指摘している。「自分の物質的利得の減少というコストをかけて、他者の物質的利得を大きくする行動や性質」を「利他性」と紹介している。(文献p.272)これに対し、利己性を経済人の持っている性質だとしている。利他性は乗り物で席を譲ることや荷物を運んであげる行為として例示される。

間伐材の利用は森林環境のために役立つなど、「ロハス」や「スローライフ」等の言葉が流行ったことを思い出す人も多いことでしょう。これは利他性の現象と考えると肯ける。しかし、人は忘れるため、流行は廃れ長続きはしないのではないだろうか。もちろん忘却には個人差があるだろう。

利他性は社会的選好を導くと言う。そこでは処罰も一つの要素になる。人の感情への処罰の影響は予想通りではなく、文化の違いもさらに行動へ影響を与える。犯罪の処罰はもちろん必要であるが、他方助成金の影響も予想通りに作用しないということではないか?

利他性を発揮する時、人の脳の内部では快感があると神経経済学では研究している。そのために多くの他者に役立つこと、地域に役立つことを選択するのだというのである。正義感の発揮はそこにあると考えた。その延長には、自己犠牲の基に他人に尽くすことを計画したり考えたりするだけで快感を得られるのではとも考えられる。

 

 行動経済学は多くの物を示唆してくれている。経験や記憶が消費者の行動を左右すること、また専門家の助言が大切であることなど。木材コーディネーターの出現意義は木材の知識が無くなった消費者へのアドバイザーと言えよう。

 木材を使うことの効用を根気強く宣伝することや消費者のメリットを折に触れ喚起することが大切である。森林地域の人や専門家は、施主に適切なアドバイスをして良い住空間を得る手伝いを行う。このようなことが必要と行動経済学が語っているように思う。ぜひ参考にして地域産業を活性化したいものである。

 

(参考文献)友野典男著「行動経済学 経済は「感情」で動いている」光文社新書2642006年発行

 (完)

  • 2013.06.12
  • 田中

木材価格と行動経済学3/4

木材の知識の少ない今日の消費者への親切な木材の販売方法とは?

 ライフスタイルが変化し、住空間での木材の使い方について21世紀の施主(住宅を建てようとする消費者)は知識が無い状態と言える。そこでは専門家の助言が大切であり、人生に何度もないハレの買い物の成功の鍵を助言者が握っている。

 人は自分の経験した物や知っている物を選択する傾向にあることをすでに紹介したが、木材の製品は一つ一つ異なり、工業製品とは異なる選択の難しさがある。好きか嫌いかの直観で選択することが多いが、今持っている物や直前に自分が選択した物にも影響されやすい。

またもし松竹梅の3つの中から選ぶ場合、平均的な物を選ぶ確率が高くなり、突出した物より無難な二番手を選ぶ傾向にある。

さらにリスクに対して極力避けたい気持ちがあり、確率が小さい場合でも危険を犯すことを極端に恐れて選択しなくなるというのである。木材は生きているため使いながらさらに色やつやや風合が良くなる材料である一方、反りや割れが入る可能性がある。このことから工務店の助言があり避けられてきた経緯があると考えられる。適切な扱い方や考え方の助言は木材について必須である。

ところで、購入選択の場合、心の中であらかじめ費目を分類していると説明がある。予算より安価であれば、あるいは予算が用意されていれば購入へと進める。さらにストーリーがあれば選び、理由があれば選択の確率が上がることになる。

 

木材の物が好きであり、心の中に関連する費目の予算がある程度用意されていて、専門家に物語を語ってもらって上手に背中を押してもらうと、購入へと進む可能性が高くなる。しかし素人の心の中にこの種の費目分類を持つことは現状では期待できない場合が多い。その用意のためにはある程度専門家の助言と指導の時間を要する。そこでもし国産材は値段が高いと決めつけられれば消費者は欲していても敬遠せざるを得なかったと考えられる。

 

 

 行動経済学ではさらに驚くことに、多くの選択肢があると人は選択を止めてしまうと指摘している。木材は樹種、色合い、木目、杢、風合など多種多様である。森林地域で良く知っている専門家は、あれもこれも見せて選んでもらうことが親切だと思い、目の前に並べて見せている。しかし消費者にとっては選ばないすなわち買わないことへの導きになっていたのではないだろうか。

専門家の適切な助言が大切であり、相手の身になって相手の話をよく聞いて、好みの物を選ばせてあげるお手伝いのコンサルティングをする方法を考えて欲しいものである。

 (つづく)

  • 2013.06.06
  • 田中

木材価格と行動経済学2/4

日本人は木材を忘れ、選択できなくなっているのではないか?

 行動経済学では次のように考える。人は常に合理的に判断できる訳ではない。そもそも経済学は人が常に合理的に判断することを前提にしているが実際の行動は合理的な行動とは異なる。人は合理的というより限定的に合理的に選択を行う。全てのことを考慮できるのではなく、直前に考えていたことや少し前の経験に引かれるというのである。

選択という問題を解く場合、直観がものを言うとしている。「直観」とは「どれが好きか」で判断し、その時発揮する洞察力はすばらしい能力である。人の能力は論理性ではなく洞察力なのだとの主張である。また人は選択した後に、その理由を考え合理的に選択したように思おうと行動する。

この直観での選択には、自分の経験に捉われざるを得ない。知らない物を選択することにはリスクを感じるため避ける可能性が高い。また、「持っているもの」へのこだわりが指摘されている。それは「現状維持バイアス」とも呼ばれるもので、入手している物への愛着が選択する時に物を言うというのである。これについては、生まれ育った環境と同様の住居に住もうとする願望が多くの人に存在することからも理解できる。住環境について特に不満が無ければ生まれ育った環境と類似の物を求める人が多いというのである。

人間は経験が大切ということである。知っている物に惹かれる一方、知らないものの選択は難しい。特に住環境など長年利用する買い物の場合は一層慎重になるだろう。今日、木育が大切と言われ、各地で幼児や子供に対するアプローチが盛んになってきている。ライフスタイルが人工空間へと変化し、生活空間が自然から遠ざかっている現代人にとって重要であることを意味している。

 次の質問に答えてみてください。

 

質問1:あなたが新しい住まいを入手するとしたらどのような住まいを希望しますか?

☆一戸建ての木造住宅、☆一戸建ての木造以外の住宅、☆低層マンション、☆高層マンションなど

 

質問2:あなたの子供時代、どのような住宅に住んでいましたか?複数の住宅がある場合、どの住宅が好きでしたか?

 

質問3:質問1の回答と質問2の回答に関連はありますか?

 

上記の説明が実証されることが多いと筆者は考えますが、いかがでしたでしょうか?

 (つづく)

  • 2013.05.29
  • 田中

木材価格と行動経済学1/4

 

疑問:木材価格は何故高くならないのだろうか?~問題提起~

木材価格は何故高くならないのだろうか。木材価格が低いことは木材の価値が国民に認められないからではないだろうか。「行動経済学」を知り、その原因が見えてきたので複数回に分けて報告する。私は行動経済学については専門家ではないことをお断りしておく。

人間の生活に住環境を提供してきた森林であるが、1973年をピークに日本の木材需要量が減少した。(図1参照)木材の住宅建材としての古来の独壇場が揺るがされてきていたと筆者は考えている。これは他の資材との競争の始まりに気付かず、林業関係者は生産活動を続けていたと言えるのではないだろうか。身の回りでは、アルミサッシ、システムキッチンセット、石膏ボードなど、20世紀半ばまでは木でこしらえていたものが交替して久しい。市場からの木材の「後退」である。

木材需要量推移

一般的に市場では需要が減少すれば需要曲線と供給曲線の関係から価格が下がるのは仕方ないことと理解していた。しかし、1980年を最高に木材価格は下がり産業としては心もとない状況が30年以上続いている。(図2参照)木材価格を上げたいため筆者はマーケティングや木材トレーサビリティシステムの活用を推進する研究をしてきたが、最近では森林や林業の関係者や研究者は話をすると、木材価格を上げることは無理だろうとの反応が多く返ってくるので、何とかしたいと一層焦るばかりである。

丸太価格推移

 

この度2006年発刊の「行動経済学」(注1)と出会い、原因が少しでも解れば打つ手があるのではないかと考えた。小さな光であるが、多くの心ある人と協力して考えたい。

(注1:友野典男著「行動経済学 経済は「感情」で動いている」光文社新書26420065月発行)

まず、木材は何にでも形を変え、重宝な資材であった。過去形にしたが、最近は100円ショップなどで安価な使い捨てにしても良い材料で出来合いの物がたくさん提供されている。現在の生活では、時間をかけて必要な物作りをせずに、簡単に済ますことが多い。そのため、完成品でないと売れない時代になっている。木材にとっては不利な現状である。しかし物作りも一部の心豊かに暮らす人々は今でも行っている。

そこで行動経済学から得られたことを少し紹介しよう。

1.人間の選択は誘導されるということ。これはその人の経験だけでなく、会話や提示方法によって左右されるというのである。同じ人がいつも同じ物を選ぶわけではなく、相手の誘導に惑わされるということ、すなわち専門家の意見が重要になるというのである。

2.さらに選択肢がたくさんあると人間は選択が難しくなるということ。木材はその性質から言葉通りの適材適所という使い方が考えられるが、樹種の選択をはじめ、色や木目の紋様など限りなく提示できる。いつも考えている訳ではない素人はたくさんある中で選択することは難しいのである。

 (つづく)

 

  • 2013.05.23
  • 田中

コラムをはじめます。どうぞよろしく。

 信州里山.netをご覧いただきましてありがとうございます。信州里山.net委員会のメンバーのひとりの田中です。東京農業大学では森林総合科学科の森林情報学の講義を担当しています。

 長年大学で教える傍ら、森林地域の産業活性化を目指し研究その他の活動をしてきました。現在は木材トレーサビリティシステム活用の推進もしています。

 当コーナーでは、森林の管理や活用、木材流通など、森林や木材に関する様々なことをお話したいと考えています。森林は広くは地球上の環境に関わります。国民や地域の人々の生活にとって大切な森林についてお話しましょう。

 森林は見方によって様々に捉えられます。森林問題のひとつに着目すると、木材価格の低迷は林業の衰退を招き、森林管理のための作業が行われず長年放置され、緑の砂漠化へと20年以上悪循環に陥っています。どこかで循環を断ち切らねばなりません。難問ですが、少しずつお話してみなさまと考えたいと思います。

 

 初めに唐突ですが、最近読んだ書物から「行動経済学」を取り上げます。

 

 さいごに自己紹介に代えて、主な著書を紹介します。

田中万里子:改訂森林情報学入門、東京農業大学出版会、2012.

田中万里子:森林経営再生のためのグローバル時代の森林経営改革論、林業機械化協会、2012

  • 2013.05.22
  • 田中
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